◆十将軍十番勝負 その6 関羽VS各務兄妹 前編
カードゲームデザイナー 中井まれかつさん
 ユーラシア大陸は東方、中国。さまざまな王朝が栄枯盛衰を繰り返したその広大な大地を、各務秋成はひとり旅していた。
 長旅によって、砂塵よけのコートはすでにボロボロになり、顔には無精髭が苔のように張り付いている。
 本人はそんな見た目を気にする風でもなく、悠然とした物腰で、どことなく愛嬌のある表情を浮かべている。
 しかし、そんな雰囲気とは裏腹に、目は鋭い光を帯びていた。
「ふんふふーん♪ ふふふ、ふーん♪ ふんふ〜ふんふふーん♪」
 ジャズにもなった、砂漠の夜景を描いた歌を鼻歌で鳴らしながら、秋成は懐から取り出した羅盤を覗き込む。
「せっかくここまで来たことだし、もう少し西に行ってみるかな。シルクロードを辿る旅ってのも悪かない」
 呑気なことを呟く秋成だが、これまでの旅程の厳しさから、夏に支配された中国を東に抜けて日本に帰る困難と、西のダークロア、マケドニア、WIZ-DOMの版図の隙間を抜ける困難を冷静に秤にかけているのだ。
 阿羅耶識の臨時の頭首となった厳島美鈴からの命を受けて中国本土に潜入して半年以上が過ぎている。
 その間、秋成からの報告はさまざまな手段を使って阿羅耶識本部へと送られているが、阿羅耶識から秋成への連絡手段はない。
 連絡することによって、秋成の正体や所在を察知されることを避けるためだ。
 情報収集のための捨石とも言える、過酷な状況だが、秋成自身は自分に似合いの任務だと考えていた。
 血によって恵まれただけの力に溺れ、増長した日々。名門の跡取りの地位を腹違いの妹に奪われ、自暴自棄となった日々。
 正気を失った父親の姿を見て、自分の存在そのものの意味を喪失した日々。
 長い回り道を経て、秋成は今、生まれて初めての充実を経験していた。
 あの日、浮浪者同然の暮らしをしていた秋成に、美鈴の手紙が届いた日。それを読んだ日から、秋成は生まれ変わったと言ってもいいだろう。
 だからこそ、あえて、この過酷な任務をふたつ返事で引き受けたのだ。
 本人にはその自覚はないが、それはあるいは贖罪のために自らに課した荒行、試練だったのだろう。
 既に、現在の中国大陸、つまり夏王朝と阿羅耶識の生き残りに関する調査と報告はほぼ終わっていた。
 ある意味、秋成自身が選んだと言ってもいい、一方通行の連絡状況のため、秋成にはまだ、東海林光がフェンリルを倒したこと、ステラ・ブラヴァツキたち三大魔女が、マケドニア王にして十将軍のひとりであるアレクサンダー大王を倒したこと、そして関羽に美鈴が倒されたという情報は伝わっていない。
「……ちょっくら、先行きを占ってみますかね」
 呟いた秋成は、懐から紫の袱紗に包まれた、小さな杯のようなものを取り出した。
 包みを開くと、中から鏡のように磨きぬかれた銀の水盤があらわれた。
 きょろきょろと周囲を見回した後、軽く肩をすくめた秋成は、革パンツの尻ポケットから、ポケット瓶を取り出す。
「ま、酒には変わりなし。混じり物もないからなんとかなるだろ」
 いいながら、地べたに座り込み、足の間に置いた杯に瓶から液体を注いでいく。
 注意深く、こぼれる寸前ギリギリまで杯に酒を注いだ秋成は、深呼吸してから、水面の揺らぎ、波紋、気泡、杯に映りこんだ風景の歪みなどから卦を読み取っていく。
「えーと…・・・禍福は糾える縄の如し、か。なんだそりゃ。何も言ってないのと同じじゃねーか」
 読み取った卦に、毒づくと、杯を持ち上げ、中の液体を一気に飲み干した。
「やっぱ占いなんてもの当てにしちゃいけないってことだな。あーあ、酒でも飲まなきゃやってらんないってーの」
 ぷはっ、と息をついた秋成は、それでも杯を丁寧に包み直し、懐にしまうとすっくと立ち上がった。
「福があるなら行ってみるか」
 鋭い眼差しを取り戻した秋成は、西を目指して歩き出した。
「ふんふふーん♪ ふふふ、ふーん♪ ふんふ〜ふんふふーん♪」
 再び鼻歌がこぼれる。
 秋成は、母の顔を知らない。父親が一切話そうとしなかったからだ。ただ、ダークロアの血を引く女性だということが、父親の知り合いなどがふと漏らした言葉からわかっている。
 それ故、秋成は知らない。その鼻歌が、母が生まれたばかりの彼を抱いて、歌って聞かせた子守唄だということを。
 どどどどどどど……。
 秋成の耳が、かすかな振動を捉えた。
「馬……人も乗ってるな。十騎ってとこか。せっかく人が気持ちよく歩いてるとこに。無粋だねえ」
 うそぶく秋成だが、軽く回ったアルコールの影響は一瞬で掻き消えている。
「君子危うきに近寄らず、ってね」
 秋成は周囲を見回し、手ごろな岩石群を見つけると、その陰に隠れて気配を絶つ。
 どどどど! どどどどどど!
 騎馬隊の蹄の響きは大きさを増し、轟くほどになっていた。
(やっぱ夏の騎馬兵か)
 秋成は見えてきた騎馬隊の装束と武装を見やった。
(なんかひとりゴツイのがいるな。このまま、とっとと通り過ぎろよな。面倒だから)
 騎馬隊の先頭を走る、一際逞しい赤い馬に乗った巨漢の姿を認めて、秋成は心の中で毒づいた。
 それは、これまでに何度もこうして追っ手や偵察をやり過ごして来た自信から来たものだったが、そのことが微かに気配を揺らめかすことになった。
「止まれーい!」
 巨漢が、矛を振り上げ、大音声を発した。
 一隊がかすかな馬のいななきのみを発して、ぴたりと秋成の隠れた岩場の前で足を止めた。
(ぴったり十騎。きっちり訓練されてやがるな、くそ。しかもあの髭の大男は……畜生、ツいてねえな)
 秋成は鋭く騎馬隊の実力を計算し、巨漢の正体に気付いて心中激しく毒づいた。
「我が名は関雲長! 極星帝国が十将軍の一!」
 巨漢は再び大音声を発する。
(わざわざ名乗らなんでも、一度見りゃ忘れないってーの)
 秋成はそれでも、諦め悪く気配を殺しながら岩陰を裏へと少しずつ移動していく。
「阿羅耶識が密偵、各務秋成! 出てこぬか! お主も各務流退魔拳士とあらば、武人であろう! お主には問いただしたいこともあるが故、正々堂々勝負せんか!」
(バカ言え。勝ち目のない勝負に正々も堂々もあるかい。そういうのは自殺行為ってんだ)
 毒づいた秋成は、ふと考え込んだ。(なんで関羽がオレの正体を知ってる? 聞きたいことってその関係か?)
「出てこぬなら、引きずり出してやるわあっ!」
 秋成が考え込んだ隙に、しびれを切らした関羽は、矛を振り上げ、岩場にたたきつけた。
 どおおおおん!!!!
 轟音と衝撃波、砂塵、礫が周囲に撒き散らされ、秋成の隠れ家は跡形もなく粉砕されていた。
「無茶するねえ、関将軍」
 秋成は、腰を落として構えを取りながら、煙の中の関羽を見失わぬように目を凝らした。
「やはり、そなた出来るな」
 関羽はその姿を見てニヤリと笑った。
「そうでなくては。殺してしまうわけにいかないのでな。聞太師の安否を聞き出すまでは!」
 そういって、関羽は赤兎馬のわき腹を蹴った。
「聞太師って、聞仲のことか!? なんのことだかさっぱりわからんぞ!」


次回予告
関羽VS各務兄妹 後編


COMMENT

愛用のグラサン。
1500円くらいだったかな。

http://www.ops.dti.ne.jp/~marekatu/index.html


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