◆錬金術
カードゲームデザイナー 中井まれかつさん
 地中海に面した、高級リゾート地、モナコ公国。
 その旧市街地区、モナコ・ヴィルのモナコ大聖堂のほど近くに、その搭は立っていた。
 WIZ-DOMの研究開発部門の長にして、マッド・アルケミスト、錬金術師クラリス・パラケルススの搭。
 とは言っても、この搭だけがクラリスの搭ではない。
『パラケルススの搭』と総称されるクラリスの搭は、研究・実験・開発のみならず、WIZ-DOMの主要な資金源である人造生命体、ホムンクルスとゴーレムの生産拠点でもある。
 WIZ-DOMの最高意志決定機関である円卓会議において、本来一介の研究開発責任者に過ぎないクラリスが最大の発言力を持つ最大の理由が、この人造生命体の生産を一手に引き受けていることにある。
 販売しての利益はもちろん、WIZ-DOM各施設での労働力、代替の利く戦闘要員としての配備。
 現在のWIZ-DOMの屋台骨であると言っても過言ではない。
 その、人造生命体の生産ラインを複数確保するという実際上のメリットと、気まぐれなクラリスの性格の二つの理由から、ストラスブール、バーゼルといったヨーロッパ各地はもちろん、東京やニューヨーク、ダマスカス等、世界各地にパラケルススの搭は点在している。
 その中でも最新にして現在のクラリスのお気に入りの搭が、このモナコの搭だった。
 その理由はもちろん、モナコが風光明媚にして温暖なリゾート地であることにあった。
 しかし、その半ば別荘のような搭の中で、現在クラリスは珍しく血相を変えて慌しく指示を飛ばしていた。

マッドアルケミスト“クラリス・パラケルスス”
イラスト/後藤なお

「とりあえず培養槽! 51番から70番に全魔力と電力の半分を回して!」
「了解しました」
 クラリスの指示に従い、ビキニの水着やバニースーツ姿のホムンクルスたちが慌しく姉妹の入った培養槽の設定を変えていく。
「他の培養槽はとりあえず休止! 休眠状態を維持するだけの電力でいいわっ!」
「了解」
「あーっ、もーっ せっかくモナコに搭を立てたからには、ビーチにカジノに豪遊しよーと思ってたのにーっ」
 クラリスは艶やかな衣装でいそいそと動き回るホムンクルスたちを見て、残念そうに人差し指をしゃぶった。
「もーっ、極星帝国のばかばか! よりによってバハムートなんてっ」
 極星帝国が呼び出した、神話の怪物、大竜魚バハムートによって、パラケルススの搭の生産ラインは致命的な打撃を受けていた。

大竜魚“バハムート”
イラスト/蘭宮涼

 世界を支える巨大な竜とも、大魚とも言われ、また大地の怪物ベヒモスの別名あるいは番(つがい)であるとも言われる巨大な怪物。
 あまりに巨大なため、その移動する姿を見たものは即座に気絶し、そして三日三晩が過ぎて気絶から覚めてもなお、バハムートの巨体はその場を通り過ぎ終わっていなかったという伝説が残っている。
 そして、神以外のありとあらゆるものを呑み込んでしまうという貪欲な胃袋の持ち主でもあると伝えられている。
 そのバハムートによって、搭の魔力・電力のほとんどが吸い取られてしまっている状況だ。
「ダマスカスの搭は完全にぱーだし、実験は最初からやり直しだしぃーっ。きーっ」
 普段はおっとりした姿勢を崩さないクラリスが、珍しく地団駄を踏まんばかりに憤っている。
「見てなさい、きっつーいお灸をすえてあげるんだから……あっ!」
 そこで、クラリスはある指示を忘れていたことに気付いて、ホムンクルスたちに新たな指示を与える。
「研究室の317番! あれには普段どおりの魔力と電力供給してっ。最優先っ」
「了解」
「魔力が不足しています」
「ぐぬぬぬ……」
 ホムンクルスの報告に、クラリスは頭を抱えた。
 不測の事態に備えて、予備の魔力や電力は充分に確保しているはずだった。
 それによって、極星帝国の侵攻の際にも、イレイザーの再襲来にも、ほとんど打撃を受けなかった実績がある。
 しかし、予備のエネルギーから何から、根こそぎ吸い取ってしまうような神話生物の登場はさしものクラリスにとっても想定外の緊急事態だった。
「おししょーさまー、東京とニューヨーク、閉鎖してきましたー」

錬金術士“ルミ・フラメル”
イラスト/こげどんぼ*

 次々に報告するホムンクルスの声に混じって、クラリスの弟子、ルミ・フラメルのおっとりした声が響く。
 床に描かれた魔法陣が輝き、そこから、セーラー服の上にマントを羽織った、淡いピンクの髪の少女が姿をあらわした。
「いらっしゃいませ、ルミ様」
 バニースーツのホムンクルスが出迎えの挨拶をするのを押しのけて、クラリスがルミに抱きついた。
「ルミちゃぁ〜ん、いいところに来てくれたわぁ」
「え? えと? なんですかぁ?」
「いいからいいから。こっちに来て来てっ」
 クラリスはルミの手を引いてぱたぱたと研究室に向かった。
「なんなんですかぁ? もぉー」
 そういいながらも、ルミはクラリスの気まぐれには慣れているのか、おとなしくクラリスに従って小走りに研究室に向かう。
 本来は転送魔法陣で各フロアが結ばれているが、魔力をホムンクルスの維持に集中させている今は、徒歩で階段を昇るしかない。
 しかも、搭らしく、ご丁寧にクラリスの研究室は最上階にある。
「こんなことなら前の身体のままにしとくんだったわね……」
 くるくると螺旋階段を昇りながら、クラリスは最近新しくしたばかりの自身の肉体を見下ろし、はぁはぁと息をついた。
 少し前までは、強化したホムンクルスの肉体だったが、今は自身の細胞から培養したクローンボディだ。
 むろん多少の調整はしているが、運動能力的には並みの人間とさして変わらない。
「私、魔力残ってますからテレポートしましょーかー?」
 息苦しそうなクラリスを見かねて、ルミは申し出た。
「ダメダメ。ルミちゃんの魔力はとっとていてもらわないと意味ないのよね〜」
 クラリスはとんでもない、と手を振って、階段を再び昇り始める。
 後について昇りながら、ルミはクラリスに尋ねた。
「おししょーさまー、言われたとーり閉鎖してきちゃいましたけどー、ゴーレムくんたちホントにだいじょぶですかぁ〜?」
「あれはナマモノじゃないからほっといても平気なのよん」
「えー? なんかかわいそー」
 クラリスの言葉に、ルミは顔をしかめた。
「だいじょぶだいじょぶ」
 クラリスはひらひらと手を振って応えた。
「問題が解決して、ラインを再開すれば元通りよ。そのためにも……」
 クラリスが言いかけたところで、やっと二人は研究室にたどり着いた。
 クラリスが合言葉を唱えて扉を開き、足を踏み入れると、そこには『317』とプレートを打たれた巨大な培養槽に半ば占拠されていた。
「あ、みいなちゃんだぁ〜」

ホムンクルス・ハンマー“Works317”
イラスト/七瀬葵

 ルミは培養槽の中に巨大なハンマーとともに浮かぶ、手足を丸めて胎児のような姿勢を取った、青い髪の少女に向かって呼びかけた。
「そう、私の作品317番ちゃんよん。この子の培養維持にルミちゃんの魔力を貸して欲しいの」
 クラリスは両手をもみしぼってルミに懇願した。
 ルミは、錬金術の中でも物質・エネルギーの再構成を最も得意とし、それはすなわち魔力の効率を極限まで上げられることも意味している。
 だからこそ、この状況にあって、各地に点在するパラケルススの搭に転移して戻ってくることも可能だったのだ。
「はぁい、わっかりましたぁ〜」
 ルミはこくん、と頷いて、両手を培養槽に向けて差し出した。
 ルミの手から細い光が伸び、培養槽内の液体がこぽこぽと泡立ちはじめる。
 計器類をチェックして、クラリスは頷いた。
「なんとか間に合ったみたいね。そっちはどーぉーっ?」
 階段から身を乗り出し、はるか下のホムンクルスたちに尋ねる。
「51番から70番、維持できています」
「ふーっ」
 ホムンクルスの答えに、クラリスは息を吐いて、研究室内の椅子に向かう。
「まったくもー、とんだ災難よねぇ。大損害だわ〜」
 椅子に腰掛けて愚痴を言うクラリスに、培養槽に魔力を注ぎ続けながら、ルミは尋ねる。
「えいえいって金とかダイヤモンドをつくっちゃえばいいじゃないですかぁ?」
「ちっちっちっ」
 その言葉に、クラリスは舌を鳴らしながら、突き立てた人差し指を左右に振った。
「あんなの、使う魔力の割りにちーっとも儲からないんだから。でも、アミノ酸と蛋白質の塊や石ころに、ちょこっと魔力を使うだけでもっともーっと高く売れるものができるのよ? これこそまさに錬金術ってものよね」
「みいなちゃんも売っちゃうんですかぁ?」
 クラリスの言葉に、ルミは悲しそうな表情で尋ねた。
「そんなことしないわよぉ」
 クラリスは笑いながら手を振った。
「この子にかけてる手間はお金には替えられないもの。この子はね、げ・い・じゅ・つ」
 クラリスは、完成すれば自分の最高傑作になるであろう最新のホムンクルス、作品ナンバー317番の背中に刻まれた『317』の数字をうっとりと見つめるのだった。

次回予告

メイドたちの午後



COMMENT

愛用のグラサン。
1500円くらいだったかな。

http://www.ops.dti.ne.jp/~marekatu/index.html


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