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◆裏切り者
カードゲームデザイナー 中井まれかつさん
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細い指が、綺麗に並んだ分厚い書籍の背表紙を撫でていく。
「阿羅耶識に移って、何が困るといったら、書物に不自由することだな」
背表紙の題名を読み、頭に叩き込んでいきながら、聞仲は寂しそうに呟いた。
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太軍師“聞仲”
イラスト/あさぎ桜 |
長い髪を一本の三つ編みにまとめ、シンプルな着物を着て、壁一面を埋め尽くす本棚に向かっている。
軍師にして摂政、王の家庭教師でもある聞仲の武器であり、トレードマークでもある宝貝、禁鞭は今は取り上げられている。
「ご不自由をさせて申し訳ありません」
少し困った表情で頭を下げたのは、玉竜公主だ。
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竜姫“玉竜公主”
イラスト/かわく |
西海竜王の娘であり、この書斎の持ち主だ。
こちらは薄い布が幾重にも重なったゆったりした衣装を着て、お茶の準備をしている。
「これでも阿羅耶識では一、二を争うと言われている蔵書棚なのですけれど」
「確かに、あちこち回った中では一番マシ、ではあるがな」
そんなことをいいながらも、聞仲は数冊の本を本棚から取り出して小脇に抱えていく。
「謝ることはないですよ。虜囚の身であまり我侭を言うものではないですよ」
玉竜公主とは対照的に、黒革のぴったりした洋装に身を包み、やや疲れた様子の表情で壁にもたれかかって腕組みを しているのは、摩利支天。
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天王“摩利支天”
イラスト/椋本夏夜 |
仏法の守護者にして、現在は聞仲の身許引受人である。
極星帝国から阿羅耶識に投降した聞仲の我侭に付き合い、ここしばらく知り合いの書斎や図書室を訪ねて飛び回っている。
「書を愛する者にとって、蔵書を失う悲しみは癒し難いものですから」
そういいながら、玉竜公主は、聞仲と摩利支天に中庭を臨む椅子とお茶を勧め、自らも椅子に腰を下ろした。
「夏にお残しになったという太師の蔵書はさぞかし立派なのでしょう? こちらでは散逸してしまった書物も残っているとか」
「うむ。年数が違うからな。しかし、アレキサンドリアの大図書館には負ける」
玉竜公主の淹れた中国茶をすすりながら、聞仲はいった。
「権力を示威するためとはいえ、王が権力を用いて造らせた図書館と、個人の蔵書では勝負にならん」
肩をすくめる聞仲に向かって軽く相槌を返しながら、玉竜公主は残念そうに言う。
「こちらの地球ではその大図書館も遥か昔に失われてしまっています」
「仕方あるまい。アレクサンダーもわが夏王朝も歴史と伝説の存在となっているこちらではな」
ぱらぱらと選び出した書物をめくりながら、聞仲は頷いた。
「そういう意味では、こちらの歴史には興味が尽きない。だが、肝心の文献がな……」
「アレクサンダーはWIZ-DOMが倒したそうです。極星皇帝はマケドニア王国をどうするのかしらね」
眉をしかめる聞仲に、摩利支天が水を向ける。
「他にも何人か十将軍が交代したそうよ」
「ふむ?」
聞仲は顔を上げてしばらく考え込んだ。
「情報はそれだけか?」
聞き返されて、摩利支天は肩をすくめて頷いた。
「ええ。こちらとしてはあなたの情報が古くなってしまって残念よ」
「アテが外れた、というところか」
聞仲はにやっと笑った。
が、すぐに真面目な表情になる。
「私も帝国の情勢には興味があるし、投降した以上は借りもある。ここはひとつ探ってみるとしようか」
「そんなことができるんですか?」
玉竜公主の言葉に、聞仲は頷く。
「情報は軍を率いるにも、国を治めるにも欠かすことはできん。帝国……極星帝国は、既に話したように、一枚岩ではないからな。七つの国が緊張と均衡を保って成り立っている。その一国の王が死んだとなるとな。しかも、それがマケドニアとなれば」
「マケドニアはそんなに大きな存在なの?」
摩利支天の言葉に、聞仲は頷いた。
「マケドニアは帝国に最後まで抵抗した国だ。版図も広い。アレクサンダーの皇帝、そしてレイナへの反発と対抗心はなまなかなものではなかった」
言いながら、聞仲は立ち上がった。
「池か水甕はあるか? 水盤があれば一番なのだが」
「お待ち下さい。すぐに用意しますわ」
聞仲の言葉に、玉竜公主は頷いて、部屋を出て行く。
「占いでもするつもり?」
摩利支天の不思議そうな顔に、聞仲はくすりと笑った。
「れっきとした連絡手段だ。こちらの地球と違って、そういったものは術に頼る他にないのが我々の地球でな。その点は確かにこちらが上といえるぞ」
「なるほどね」
摩利支天が頷いたところに、玉竜公主が巨大な銀の水盤をふたりがかりで運ぶ侍女を従えて戻ってきた。
後ろには、水差しを持った侍女も続いている。
「さすがだな。充分だ」
玉竜公主の指示に従い、侍女たちがテーブルの上に設えた水盤を前に、聞仲は頷いた。
そしてそのまま両手を水盤の縁に添え、呪文を唱え始めた。
呪文はうねるような響きを帯び、水盤の水面に波紋を起こしていく。
聞仲が添えた左右の手を中心に波紋が広がり、交差し、反射して複雑な模様を水面に描き出していく。
やがて、その波紋の中にひとりの人物の姿が浮かび上がりはじめた。
白銀の髪を頭の左右で髷に結い、それに布を被せて飾った少女。
「この子は……?」
玉竜公主は首を傾げる。一方、摩利支天は見覚えがあるようだ。
「まさか……!?」
きっ、と聞仲を睨む摩利支天に、聞仲は笑って頷き返す。
「いい加減警戒を解いて欲しいものだな。言われずとも、こちらの情報を漏らしたりはしない」
そう言って、聞仲が再度水盤を覗き込むと、そこには極星帝国の妖怪仙人、奎白霞の姿が鮮やかに浮かび上がっていた。
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妖怪仙人“奎白霞”
イラスト/よしなひじき |
「あー、誰かとおもえば裏切りものだー」
「うむ。久しいな、白霞」
裏切り者、という白霞の言葉にも、聞仲は一切の動揺を見せずに、旧友か家族にでも話すような口ぶりで応える。
「ひーさしーぶりー。元気にやってる?」
「ああ。お主はどうだ?」
「んー、ふつー」
聞仲の態度に引きずられたのか、それともそういう性格なのか、白霞も特に気負うこともなく受け答えする。
「そうか。そちらではいろいろあったらしいが?」
「うんー。なんかいろいろー」
「アレクサンダーが死んだそうだが、その後はどうなった?」
「でゅーく・ふりーずがしばらく代わりするってゆってたー」
「なるほど……他の将軍はどうしている?」
「えっとねー、らんすろっとはー、死んでー、生き返ったってー」
ぺらぺらと情報を漏らす白霞の様子に呆気に取られる摩利支天と玉竜公主に片目を瞑って見せると、聞仲は巧みな話術で次々に極星帝国内の情報を引き出していくのだった。
次回予告
偽りの太陽
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