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◆生命なきもの
カードゲームデザイナー 中井まれかつさん
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「大公殿下にはご機嫌麗しゅう」
布地をふんだんに使い、幾重にも飾り襞を作った豪華なドレスのスカートの布地を、両手の中指と親指でそっとつまんで持ち上げ、わずかに膝を曲げ、腰を折って会釈したのは、まったく血の気のない、白い肌の美少女。
軽く結った長い銀色の髪がはらはらと流れ、肩にかかる。
少女の名は、ディネボラ。
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不朽の歌姫“ディネボラ”
イラスト/咏里(eri) |
代々のレムリア国王の寵愛を受ける、不死の歌姫である。
彼女が病に倒れた際、その容姿と歌声を惜しんだ初代レムリア王の命によってアンデッド化されたと伝えられている。
その名は獅子座γ星から取られ、レムリア王より下賜された名である。
そして、彼女の本当の名は誰も知らない。
貧民の子の中から素質を見出され、名を、親を捨てたのだとも、捨て子であったとも伝えられている。
しかし、当人はそれについては完全に口をつぐみ、不死者、不老の者も多い極星帝国、ことに死霊術が盛んなレムリア王国にあっても、当時のことを知るものはほとんどいないため、真相は闇の中である。
「この度、極星帝国は十将軍の末席に命じられ、大公殿下の指揮下に入るよう、皇帝陛下より御下命を受けて参りました」
「遠路ご苦労。まずはゆっくりと休まれよ」
ディネボラの挨拶に、椅子に腰掛けたまま頷いたのは、全身白づくめの青年、フリードリヒ・フォン・アイヒェンドルフである。
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デューク・フリーズ“フリードリヒ・フォン・アイヒェンドルフ”
イラスト/ひたき |
氷大公、デューク・フリーズの異名を取り、極星皇帝にしてレムリア国王、マクシミリアン・レムリアース=ベアリスの母方の叔父にあたる。
その異名の通り、冷気を操る超能力者である。
先代のレムリア国王の逝去に際し、彼の父親、兄、王妃であった姉たちは、唯一の王子であったマクシミリアンの即位に反対し、姉に当たるミリアム・レムリアース=シリウスを擁立しようとした。
ミリアム派は、マクシミリアンが若年であることを理由にしたが、実際には険の強い男子よりも、くみしやすいミリアム王女を傀儡として王国を我が物にしようという企みであった。
しかし、フリードリヒは一族にあってただ一人マクシミリアンにつき、処刑を免れたのは無論、その後も忠実に甥に仕え、地球を統一した帝国の大公となった。
この、親族の叛乱に対するマクシミリアンによる粛清は苛烈を極め、ミリアム側についた貴族たちは母親も含めて全員が処刑された。
生き残ったのは唯ひとり、ミリアム王女本人だけである。
彼女には叛意はなかったこと、彼女まで処刑してしまっては、マクシミリアンに何かあった場合、レムリア王家の血が完全に絶えてしまう危険性などが考慮され、南極への蟄居という処分になった。
それも、表向きの理由としては、ミリアム本人の意志に関わらず発動する超能力が余人に害を及ぼすことのないよう、隔離したものとされている。
飾りなどを一切廃した、広い机の上に書類を広げたまま、フリードリヒは歌姫の顔をちらりと見上げた。
「もう下がって頂いて結構だが」
咎めるような口調で、書類にサインする手を止めずに言った。
現在、フリードリヒは十将軍兼摂政として国王不在のマケドニア王国を治めている。
そこに、もうひとり、レムリア王国出身の十将軍を送り込んできたのは、一国の政治、軍事の一切をその肩に背負うフリードリヒへのサポートであるのか、あるいは大規模な軍事行動の予兆であるのか、フリードリヒには皇帝の意図は測りかねた。
しかし、彼はそういったことは口はおろか表情にも一切出さない。
「お仕事の邪魔をいたしました」
視線を書類に戻した氷大公に再び会釈し、ディネボラはそっけない態度に害された感情を取り繕った。
ててててててて……。
と、その足元を何かが横切った。
「!?」
本能的な恐怖に、ディネボラが蒼ざめ、後ずさる。
とととととととと……。
今度は執務中のフリードリヒの机の上を走る小さな足音が響く。
「ね、ネズミっ……!?」
美しい声音で小さな悲鳴を上げるディネボラを、フリードリヒは視線で制して、声をあげた。
「リース! ここに鼠を寄越すなといったはずだ」
「えへへへへ〜申し訳ありません〜」
フリードリヒの声に、扉を開けて入ってきたのは、ディネボラと同様、血の気のない白い肌に白い髪、赤い瞳の少女だった。
「ディネボラさんが到着したと聞いたので〜もうお話は終わったかどうか知りたかったものですから〜」
少女の名は、リース・メリディアーナ。
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ノーライフクィーン“リース・メリディアーナ”
イラスト/後藤なお |
ノーライフ・クィーンの二つ名で呼ばれる、レムリア王国、そして極星帝国で最も古くから存在しているアンデッドである。
その名は古くは『南のリース』すなわち南の花冠と呼ばれた、南の冠座α星に由来する。
もっとも古く、元となった神話や伝説も残っていない星座であるため、その星座の名、そして星から姓を取るという風習そのものが、彼女から始まったとも考えられている。
一説には、全てのアンデッドは彼女から負のエネルギーを分け与えられて初めてアンデッドとなるともいう。
ネクロマンシーは、溢れ出る彼女の負の生命力を利用しているに過ぎないのだ、というのだ。
マケドニア王国に滞在しているのも、アレクサンダーの大敗によって損耗した兵力を、リースの配下のアンデッド軍団で補うためである。
「これは、リースさま。お久しゅうございます」
「久しぶりですね、ディネボラさん」
ふたりとも若さを保っているとはいえ、見た目には年長のはずのディネボラが恭しく頭を下げる。
明らかにフリードリヒに対する挨拶よりも丁重なそれに、リースはにこにこと微笑んで頷く。
「ご挨拶はもうお済みですか?」
執務室を這い回っていた白ネズミを手招きしながら、リースは尋ねた。
「よろしければ、お茶の用意をさせてありますから、お付き合い頂けないかと思いまして」
足元から這い登った白ネズミを手首に止まらせて撫でながら、リースは微笑む。
「はい。ちょうど下がるところでした」
「済んでいる」
口々に応えるフリードリヒとディネボラに、リースはくすくすと笑った。
「フリードリヒさんはすっかり生意気におなりなので驚いたでしょう」
「リース!」
むっとした、しかしどこか歯切れの悪い口調でフリードリヒは嗜める。
「ちっちゃい頃はよく遊んであげて、おむつだって替えてあげましたのに、もうそんなことは忘れてしまったみたいなんです」
「リース!」
リース同様、かなり年長のはずのディネボラに対しては崩れることのなかったフリードリヒの表情が乱れ、額を拭う動作をする。
冷気を操ることができる能力を持つフリードリヒが体温の上昇によって汗をかくことはまずない。
「ディネボラさんのお歌も大好きだっていってらしたのに」
「まあ、そうなのですか。光栄でございます。私はほとんど陛下の後宮におりましたので大公殿下とは面識がございませんでしたので……」
くすくすと笑い交わしながらちらちらと己に視線を向ける不死者ふたりに、フリードリヒは声を荒げた。
「下がって結構、といったはずだ! お茶でもなんでも好きにしていいから、仕事の邪魔をしないで、さっさとここから出ていってくれ!」
次回予告
次回 式神
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