◆白昼夢
カードゲームデザイナー 中井まれかつさん
(ねえさま、助けて、ラユューねえさまぁ……)
 幼いリユュークの顔に恐怖の表情が浮かぶ。
(リユューク! 今……、助けに行く……!)
 ラユューは意識を額の第三の目に集中させた。
 わずかな視線の動き、体重移動、筋肉の撓みなどから次の動きを予測し、周囲に群がる雑兵の攻撃を完璧に回避し、全員を一撃の元に屠って行く。
(リユューク! 今……)
 リユュークの元へと駆け出そうとしたラユューの第三の目が、空間の異常を感じ取った。
(これは……!?)
 と、その直後、眩い光が溢れ出した。ラユューは、とっさに顔を背け、第三の目を腕で覆った。
 高度な感知能力を誇るが故に、第三の目は単純かつ圧倒的な視覚情報に麻痺してしまうことがある。
 ラユューの眼前で、光は蠢き、白く輝く羽根を持った人影へと変じて行く。
(これは……天使……?)
 ラユューは自分の周囲に次々に同じ空間異常が集まってくるのを感じながら呟いた。
(助けて……! ねえさま……)
 リユュークの助けを求める声に、ラユューはそちらに視線を向ける。
 そこには、天使の群れに囲まれたリユュークの姿があった。
(リユューク!)
 思わず駆け出そうとしたラユューを、目の前の天使が阻む。
(ねえさま……! ねえさまぁ……)
 リユュークが天使の群れにもみくちゃにされていく。
(放せ! リユューク! リユューク!)
 叫ぶラユューの身体にも、天使がまとわり付いている。
(ねえ……さ……ま……)
 リユュークの声が徐々に小さくなり、やがて聞こえなくなった。
 舞い落ちる無数の羽根の下から、真っ赤な血が一筋、流れ出す。
(リユューク!)
「姉上? どうした?」
 ムー王国王子、リユューク・アルフィルクの声に、ラユュー・アルビレオは我に返った。
 リユュークとロュス・アルタイル、クュルェ・レティクルが不思議そうな顔でラユューを見ている。
 ラユュー、リユューク、ロュス、クュルェ。全員が極星帝国皇帝より星の名を与えられた、ムー王国の主戦力である。
「いえ……気になるものが見えたので追ってみたのですが、何でもありませんでした」
 そう応じながら、ラユューは自分がべっとりと脂汗をかいていることを自覚していた。
(今のは……いったい……?)
「姉上の『目』は格別敏感だからな」
 リユュークはくすりと笑った。
「ぼくの戴冠式に出席するためとはいえ、ひさしぶりにムーに帰ってきたときぐらいゆっくりしてもらいたいんだけれど」
「『目』は休めといってもきかないからな」
 クュルェが肩をすくめる。
「ほんと、たまの休みぐらいぼーっとしてたいのにさ」
 ロュスは寝椅子にもたれて天井を仰いだ。

 ラユューたち三つ目族の証である額の第三の目は、膨大な情報を感受、また念を発する超感覚器であると同時に、独自の情報処理機能を有する、第二の脳ともいえる器官である。
 なかでもラユューの『目』は、念がほとんどない代わりに、予知といってもいいほどの精度を持つ。
 ほんのわずかな、通常「兆し」と呼ばれる程度の情報から複雑な結果を予測、そのビジョンを見てしまうことは、珍しいことではない。

 だが、今回のものはそうではないという確信がラユューにはあった。
(夢……? それにしては現実感がありすぎた……だが……)
 そこまで考えたとき、今度は正真正銘、『目』が答えを弾き出した。
(記憶……私ではない誰かの……)
 ラユューはぞっとした。
 もし、あのような幼い時点でリユュークを失っていたら。
 前女王、ラユューとリユュークの母親が崩御してから一年が過ぎた。喪も明け、めでたくリユュークが戴冠し、王となる。
 現在、長老たちを除いて、純血の三つ目族の男子はリユュークただ一人である。
 三つ目族が銀河連邦の侵略軍にともに抗すべく、地球側について数千年。三つ目族は地球人に比すれば長寿であるものの、領土として得たたムー王国の民との交雑が進み、純粋な三つ目族はほとんど残っていない。
 そんな状況で、唯一の純血の男子であり、王子であるリユュークを失っていたとしたら、王女であるラユューが王国と三つ目族の全てを背負うことになったであろう。
 十将軍の一人とはいえ、半ば人質のように皇帝に仕えるラユューの心の支えは、リユュークである。
 リユュークの『目』は、ラユューとは逆に、念の放出能力が傑出している。ひと睨みで敵の戦意をくじき、味方であれば自らの手足のように心酔させる。
 長じるにつれリユュークの『目』の力はますます強まり、他の六つの国々の王を凌駕する強力なものとなった。
 そのリユュークが戴冠すれば、王国の安定は保証される。帝国宮廷での発言力も増す。そのときを待って、これまで必死に皇帝に仕えてきたのだ。
 誰の助けもなく、ただひとり一族の運命を背負って立つ。気の遠くなるような重圧と責任であろう。
(私と同じような立場の誰かの記憶に共鳴したのだな……気の毒なことだ……)

 ラユュー・アルビレオはまだ、もうひとりのラユューの存在を知らない。


次回:タッグマッチ
カーリー&アシュタルテーVS氷上&万城目


COMMENT

愛用のグラサン。
1500円くらいだったかな。

http://www.ops.dti.ne.jp/~marekatu/index.html


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