◆ペルセウスの昼休み
カードゲームデザイナー 中井まれかつさん
「うぅ〜腹減ったぁ〜っ!」
 昼休みの開始を告げる『子犬のワルツ』がスピーカーから流れ始めた1-Bの教室で、中島虎徹は大きく伸びをしながら叫んだ。
「今日は何にするかなあ。やっぱ定番のヤキソバパンか、それともレアもののカツサンドを狙うか……腹を膨らますならカップメンで決まりだけど……」
 ぶつぶつとつぶやきながら教室を出ようとした虎徹は、ふと前を行くクラスメイトの敖紹の姿に気付いた。
「おんや。ゴーショーが学食とは珍しい」
 そういって敖紹の肩にぽんと手を置く。
「珍しいな、お前が学食なんて。いつもの特製中華弁当はどうした?」
「今日はお手伝いさんが風邪を引いたんでな」
 まずいヤツに見つかった、という顔でゆっくりと振り向いた敖紹は応えた。
「ちがうよー。ショーちゃんはイチゴジャムサンドが気に入ったんだよー」
「なにい? 毎日あんな豪勢な弁当食ってるくせに贅沢なヤツだな」
 虎徹は眉をしかめた。
「な……ちが……!」
 皆口茗子の声に敖紹は顔色を変えて抗議の声をあげようとする。
「アンナちゃーん、オベント一緒に食べよー」
 茗子は敖紹の抗議にはまったく構わず、榎本アンナの席の前の机の向きをいそいそと変える。
「……はい」
 アンナはこっくりとうなずいて、すでに取り出していたランチバスケットを開き、サンドイッチを取り出した。
「あ、アンナちゃんサンドイッチだね。ジャムサンド入ってる?イチゴの」
『MEIKO』とイニシャルの刺繍の入った弁当用の巾着袋から、小さなニ段重ねのタッパーの弁当箱を取り出していた茗子が、目ざとくアンナのバスケットの中を覗き込んで尋ねる。
「……あります。イチゴジャムサンド」
 茗子の質問に、アンナは再びこっくりとうなずいた。
「ショーちゃんオベント持ってきてるんでしょ? アンナちゃんとオカズ交換すればいーよ。いーよね、アンナちゃん?」
「……良いです」
 アンナはこっくりとうなずく。
「ショーちゃんは?」
「あ、ああ」
 茗子の勢いに押され、敖紹もうなずいた。
「んだよ、オレにも分けてくれよ」
 虎徹は寂しそうに指をくわえた。
「学食行くついでに飲み物買って来てくれたら、卵焼き分けたげるー」
 茗子はにっこり笑って虎徹に小銭を渡す。
「相変わらずちゃっかりしてんなあ。オレが戻ってくるまで食い終わるなよな」
 頭をかきながら小走りに駆け出す虎徹の背中に茗子の声が飛んだ。
「わたし緑茶ねーあったかいやつー」
「へいへーい」
 手を振る虎徹を見送った茗子の目に、ふと最近転校してきたばかりの百武ケイトの姿が入った。
「ケイトくん、いっつもひとりだね」
「うん?」
 椅子を寄せて重箱を取り出した敖紹が眉をあげる。
「あいつか。放っておけよ。正体はわからんが只者でない気配を感じる」
「またショーちゃんはそんなことゆー。アンナちゃんのこともさんざん疑ってさー」
「と、当然だろう。今はあちこちで戦いが起こっている。誰が工作員でも不思議はないんだぞ。それにアンナはイレイザーの残党のWIZ-DOMで、疑うには充分な……」
「地球に取り残されちゃったから、WIZ-DOMに入れてもらうしかしょーがなかったんだよねー?」
「……はい。我々とWIZ-DOMにはコネクションがありましたから」
 茗子の言葉にアンナはこっくりとうなずく。
「こないだ見せてもらったアンナちゃんの羽、きれーだったなー。WIZ-DOMやめてE.G.O.にくればいーのにー」
「茗子、おまえ、そんなことを簡単に……」
「……ごめんなさい。それはできません。WIZ-DOMには仲間がいますから」
「そっかーざんねーん」
 茗子は頬をぷう、と膨らませた。
「だいたい茗子は戦いを簡単に考えすぎなんだ。本来なら俺と茗子だって敵同士……」
「私は茗子さんたちとは戦いたくないと思うようになりました」
 敖紹の説教を遮るように、アンナはきっぱりと言った。
「ほらーショーちゃんは頭かたすぎるんだよー。だーからー」
 茗子はくるりと横を向いて立ち上がった。
「百武くーん!」
「まったく……」
 百武ケイトに向かって大きく手を振りながら歩き出した茗子に、敖紹は頭を抱えた。
「どうなっても俺は知らないからな……」
「百武くーん、いっしょにゴハン食べよー?」
 アルミホイルに包まれた不恰好な握り飯をがさがさと開いていたケイトは動きを止めた。
 額を眉まで覆った長い前髪をかすかに揺らして、ケイトは茗子を見上げた向いた。
「え……?」
「ご飯はミンナで食べたほーがおいしーよ」
 茗子はそういってにっこりと微笑み、立ち上がってケイトの手を握り、アルミホイル片手のケイトをぐいぐいと敖紹とアンナのところまで引っ張ってきてしまう。
「ほらーショーちゃん、椅子椅子」
「うん? あ、ああ」
 促され、慌てて敖紹は椅子を空け、新たな椅子を引き寄せた。
「ケイトくん、って呼んでいー? わたしも茗子でいーよー」
「か、かまわないよ」
 あっけに取られていた態のケイトは我に返り、茗子から目を逸らし、アルミホイルに視線を落しながら応えた。
「ケイトくんのお弁当いっつもオニギリだよね」
「茗子、おまえ食べ物はよく見てるな……ぐっ」
 茗子の肘を脇腹に喰らった敖紹のうめき声を無視して、茗子はケイトに質問を続けた。
「誰が作ってくれてるのー? わたしとアンナちゃんは自分で作ってるんだよー、えへへーえらいでしょー」
「自分で言うな……ぐっ」
「僕も、自分で。ひとり暮らしだから」
 ケイトはぼそぼそと一言ずつ区切るように応える。
「そーなんだー、えらーい。ショーちゃんなんか美人のお手伝いさんがこーんなお重作ってくれてるんだよー。そーだ、ショーちゃんのオカズととっかえっこしよーよ。ケイトくんのオニギリ食べてみたいー」
「おまえ人の弁当を勝手に……」
「ショーちゃんだってこないだアンナちゃんのイチゴジャムサンドもらってはまったくせにー」
「う……」
 敖紹は口ごもる。
「ケイトくんひとり暮らしなんだー。ゴハンの支度たいへんでしょー」
「大変なのは飯だけじゃないだろ……ぐっ」
「あ、じゃあ今度の三者面談はー? 誰が来るのー?」
 ケイトのオニギリをモグモグとかじりながら茗子は言った。
「ラユューさ……いや、近くに住んでる親戚が」
「あー、その人がいるからこっちに住んでるんだ?」
「そういうことになるのかな」
 ケイトはふと寂しそうな笑みを浮かべた。
「うぉーい、あっついお茶お待たせ」
「ひゃあ!」
 そこに、首筋にお茶の缶を当てられ、茗子は飛び上がった。
「何? 何の話?」
 茗子の肘を膝でブロックしながら、敖紹の後ろの机に行儀悪く肩胡坐をかいて、虎徹は尋ねた。
「三者面談に誰が来るか、さ」
「オレんとこはお袋だな。また小言言われるよ。かなわねえよな。ゴーショーんとこは?」
「俺のところは兄さんが来る」
「いーなあ。兄貴ならあんま説教はしないだろ?」
「そんなことはない。兄さんは厳しい人だから」
「ふーん。それでおまえがそんな堅物になったのか」
 虎徹は敖紹の重箱からバンバンジーをつまみながら感心したようにうなずいた。
「な……っ」
「アンナちゃんはー? アンナちゃんのおかーさんならきれーなんだろーなー」
 無邪気に茗子は尋ねた。
「……ガブリエルさまが来るとおっしゃっています」
「がぶりえる…?」
 アンナの返答に、きょとんとする虎鉄をよそに、残りの三人は血相を変えた。
(東海竜王とガブリエルって……やばくないー?)
(あ、ああ……E.G.O.からも誰か呼んだ方がよくないか?)
(ええーでもあたしそんなコネないよーしたっぱだもん)
(兄さんを止めるか……俺の話を聞いてくれるかどうか……)
 ひそひそ話をする茗子と敖紹を、ケイトの前髪に隠された額の第三の目がじっと見つめた。
(これは、いいことを聞いた。さっそくラユュー様にお知らせしなければ)

次回予告
結城望のメル友 前編


COMMENT

愛用のグラサン。
1500円くらいだったかな。

http://www.ops.dti.ne.jp/~marekatu/index.html


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