◆稲妻vs氷狼 前編
カードゲームデザイナー 中井まれかつさん
「みんな、大丈夫? 生きてる? 返事して! 誰か近くにいるならそれも教えて!」
 鬱蒼と茂った森林の中、東海林光は声を張り上げた。
「はい……」
「生きてます……まだ……」
「こっちにふたり倒れてます……息はあります」
 数人から反応があった。
「三、四、五人……テレパスは全員ダメ……?」
 光は顔をしかめた。テレパスが全員倒されてしまっているとしたら、相当苦しい。
 もっとも、部隊の耳であり声であるテレパスをまっさきに狙うのはE.G.O.と戦う場合の定石である。
 極星帝国は、一部隊を丸々つぎ込んで、テレパスを消しにかかった。
 今回の任務、中国を越えての強行偵察任務に選ばれる能力者であるからには、テレパスといえどもそれなりの能力は備えている。しかし、それでも念動系能力者に比べれば脆弱であることは否めない。
 むろん万城目千里のように、強力なテレパスとサイコキネシスを同時に持つ能力者もいないではないが、ごく珍しい存在である。
 まして同時に操ることはよく訓練された能力者でも至難である。
 サイキック・モンスターと異名を取り、同時に複数の能力を使うことには慣れているはずの藤宮真由美でさえ、テレパシーは半ば無意識の反応として、防御的な方向で発現させるのがやっとだという。
(光さん、すいません……意識のあるテレパスは私だけのようです)
 そこに、テレパシーが届き、光はひとまず胸をなでおろした。
(こっちの場所はわかる?)
 強く念じてテレパスに読み取らせる。
(わかります)
(他に生き残ってる子がいたら、私の場所を伝えて。ひとまず合流しましょ)
(はい……)
「さすがに皇帝のお膝元ね。簡単には帰らせてくれないか……」
 光は頭上を覆う高い木々を見上げて顔をしかめた。
 光には今、気になっていることがひとつあった。ここが、ダークロアの領域である可能性があるのだ。
 インド洋上に浮かぶ、レムリア王国の浮遊城砦にして極星帝国皇帝の居城。そこを偵察するにあたって、中国を抜けるのは問題なかった。今現在、E.G.O.と阿羅耶識は同盟状態にあるからだ。
 しかし、インドの奥地からチベット高原にかけて、さらにアフガニスタンからカラコルム辺りの自然が手付かずの地域は、ダークロアの支配領域である。
 インドに入ったところで迎撃され、ドラゴンやアンデッドとの戦闘は激しいもので、宙を飛び、地を駆けながらの戦いとなった。
 その結果、敵部隊は壊滅させたものの、光たちも半数以上を失い、何処とも知れぬ森林に追い込まれる結果となった。
「壊れてないといいんだけど……ん〜と……」
 光は装備の中からGPSを取り出し、アクセスを試みる。
「お〜いけそう……さっすがイツキインダストリー謹製」
 軽口を叩きながら、位置情報を確認し、同時に通信衛星に現在の状況を送信する。
「まっずいなぁ……ネパールかぁ」
 位置を確認して、光は顔をしかめた。
「ばっちりダークロアの領域じゃないの……まんまとハメられたってことかな」
(東海林さん……! 敵が……)
 そこに、テレパスの切羽詰った思念波が頭痛のように飛び込んできた。
「もう……!? 誰?」
(わかりません! でも、すごく寒くて……何人か凍らされて……っ!)
「凍らされて……? そんな魔神いたっけ?」
 インド近くであるから、ラクシャサやヤクシニーといった獣人、鬼を想定していた光だったが、早々にその想定は覆された。
「様子を見てくるわ。みんなはここにいて。隠れてていいからね」
 そう命じる光の身体が微弱な電光に包まれていく。
 ふぃーん……
 耳障りというよりは頭骨に直接響くような空気の振えとともに、光の身体はすうっと宙に浮かんだ。
 電気を操る光の能力を応用した、イオノクラフトによる飛行である。
(どの辺……?)
(北西に10キロぐらい……だと思います。早く来てください……!)
(すぐ行くから、持ちこたえてっ!)
 ばちちっ!
 樹木の上に出たところで、火花を散らして、光の身体は加速した。
「カーリーまたはドゥルガーは氷上さんたちがやってくれたから当分心配ないはずだよね。あとはこの辺りならシヴァ…・・・うーん?」
 戦闘の気配を探しながら、光は相手を推測し続けていた。
「鈴鹿ってことはないだろうし。凍らされて……氷……まさか……フェンリル? ヨーロッパを越えて?」
 その直後、直径数キロにわたって木々が白く凍り付いている様子が目に入った。
「あれね…・・・マジでフェンリルに間違いなさそうねっ」
 さらに加速すると同時に下降しながら強く念じる。
(今着いたわっ)
 ばちっ! ばりばりばりっ!
 そして、強力な電撃を放ち、進路上の樹木を薙ぎ払う。
「私が相手よっ!」
 叫びながら墜落寸前で急停止し、さらに周囲に電撃を放つ。
 強力な敵に対して、ことさら自分の位置を教えるような行動を取ったのは、注意を光に引き付けることで、部下を救うためだ。
(今のうちに!)
「東海林さん!」
 電撃を目印に、ぼろぼろになった数人の少女が転び出てきた。
(これだけか…・・・)
(はい。すいません……)
「あ! いいのいいの! それよりここは私に任せて早く逃げて」
 言葉に出さなかった思念に反応され、光は慌てた。
「でも……ダークロアを相手にするならテレパスがいたほうが良くないですか?」
(それはそうなんだけどね……)
 守りきれる自信がない、と頭に浮かべることもできず、光は顔をしかめた。
 ぱり、ぱりぱり…・・・
 そこに、空気中の水分が固まる音とともに、急激な冷気が襲ってきた。
 吐く息が白くなるどころではなく、眉毛や睫にあっという間に霜がついていく。
「これは……」
「あーあ、森をこんなにしてえ」
 光たちの前に、ひとりの裸の少女がとことこと姿をあらわした。
 ぼさぼさの青い髪から突き出した、獣の耳。細い尻から伸び、ぴんと突き立った尻尾。
(こいつです……!)
 苦悶と怒りを帯びた思念波が光の脳に突き刺さる。
「あなた……フェンリルね?」
 光は確認の意味をこめて尋ねた。
「びっくり。どーしてあたしの名前知ってるの?」
 フェンリルは目をぱちくりさせて戸惑いの表情を浮かべ、いっとき冷気が和らぐ。
「有名だからね……」
 光はじっとフェンリルの姿を観察した。
 魔神ロキの産んだ魔獣。ラグナロクをもたらし、北欧神話の神々を滅ぼしたという氷の魔狼フェンリル。
 その伝説に違わぬ魔力を持つとすれば、正面からぶつかって光の敵う相手ではない。
 だが、光の見るところ、チャンスはありそうだった。
 圧倒的な、神にも等しい力を持つダークロアの者にありがちな、相手を舐めてかかる傾向と同時に、経験不足でもあるように見受けられた。
 しかも、何も倒す必要はないのだ。仲間が逃げた後、光自身も逃げ出すタイミングさえ作れればよい。
 そう考えた光は、生き残った部下に猛威一度逃走を促した。
「さ、早く」
 だが、部下たちは動かない。
 いや、動けないのだ。
 足元を、氷が覆っている。
「東海林さん……」
「ごめんね、ひとりもこの森からは出しちゃダメって言われてるんだ」
 フェンリルがすまなさそうに目を細めた。
 ぴきいん!
 その瞬間、東海林たちの全身は氷に包まれていた。
(これが……氷狼の……)
 光はもはや寒さを通り越して痛みとなって全身を襲ってくる冷気に歯の根をがちがちと鳴らしながら意識を集中させた。
 ばし! ばしばしばし!
 稲妻が周囲を焦がし、氷を砕く。
「ふえ?」
 ぽかんと口をあけるフェンリルの前に、光はイオンクラフトで浮かんでいた。
 濡れてさらに冷える長い黒髪をばさりと振って飛沫を払い、顔を手のひらでぬぐう。
 だが、仲間は体力を消耗しきったか、凍てついた地面にくずおれ、横たわっている。
(さっさとケリをつけないとまずいっぽいなあ)
 光は顔をしかめ、特大の稲妻……落雷と呼んでいい塊をフェンリルめがけて放った。

次回予告
稲妻vs氷狼 後編


COMMENT

愛用のグラサン。
1500円くらいだったかな。

http://www.ops.dti.ne.jp/~marekatu/index.html


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