断片3「魔剣を生む者」

 場所は日本。
 万年雪に閉ざされた、ふたつの山脈のはざまに位置する大きな屋敷を、魔剣士レライエは訪れた。

 いや、レライエにとっては、それを屋敷と呼ぶのは違和感があった。それは表面を焼いた黒い木材と、藁に似た植物の茎を干し枯らしたものを組み合わせた民芸調の構造体だった。植物で葺かれた屋根は勾配がひどく急で、積雪対策だと思われた。
 ここで製鉄を?
 レライエは他人事ながら、少しだけ火事を心配したのだった。

 案内を乞うような習慣は持ち合わせなかった。レライエは勝手にその建築物に入っていった。そして告げた。
「鍛冶師・月山とやらはいるのか?」

 レライエは中を見渡した。
 窓はほとんどなく、夜のように薄暗かった。間仕切りがされておらず、屋敷全体がホールのようになっていた。その中央が半地下に掘り下げられ、あれがタタラ炉というものだろうか、小舟のような構造体が据え付けられ、両脇に木製の機械式ふいごがつながっている。部屋のわきには大量の薪と大量の砂鉄が無造作に積み上げられていた。

 人物が2人いた。

 ひとりは女で、ツノがあり、虎柄の下着のうえに丈の短いジーンズ地の上着とショートパンツを身につけた小柄な娘だった。しめつけられるのが嫌なのか、パンツのフックもファスナーも、だらしなく開けたままにしてある。

 もうひとりも女だった。その女は粗末な椅子から驚いて立ち上がった。鎧を着込み、腰には剣を吊し、その剣の柄に手を掛けていた。レライエは鎧のかたちに見覚えがあった。極星帝国の女騎士だ。

 女騎士が剣に手を掛けるのを見て、レライエも大鎌をふりかぶった。

 すると、

「いいけどー、勝ったほうは死体をちゃんと埋めていってよね。あたし手伝わないからねー。片手が取れちゃって難儀だから穴掘り手伝ってとか言われても、聞かないからね」

 ツノのある娘が「あーあ」とあくびをしながらそう言った。
 レライエも女騎士も、毒気を抜かれてツノ娘のほうをまじまじと見た。

「しないの? 殺し合い。つまんない。まぁ、いいよ。この月山の仕事場に、お客が2人も来るなんてゼンダイミモンよ。茶くらい出すよ、セルフサービスだけど。よく来たね、まぁ上がれ」

 月山は作業場の横にしつらえられた畳敷きの小上がりに上がって、あぐらをかいて、急須から自分用の茶を注いだ。
 レライエも女騎士も、それに続いて上がったりはしなかった。女騎士は製鉄場の奧側で立ったまま、さすがに柄から手を離しているが、いつでも剣を抜けるよう左手を添えている。
 一方レライエも、いつでも鎌を跳ね上げられるよう手を添えて立っている。

「じゃ、ま、殺し合いをしないんなら、来た順にハナシを聞こうじゃない。えー、あんた、何だっけ。長くて覚えらんない名前。もう一回言ってよ」
「私は極星アトランティス王国の臣ラスタバン女公爵麾下、近衛竜騎兵、騎士サイサ・シュトルフェという者よ、鍛冶師月山」
 と女騎士が言った。
「前略中略シュトルフェ君は、鍛冶師月山に何の用?」
「槍を一本、打ってもらいたい。私のドラゴンスピアーが失われてしまったのよ」
「予備とかもらえるんじゃないの?」
「スペアはない。それに……」
「それに?」
「ただの槍では間に合わない。特別な槍でなければ……。神話のグングニールかゲイボルグに匹敵する槍を作ってもらいたい。どうしても倒したい相手がひとりいる。作れるかしら?」
「出来ないでもないよ、ないけどね」と鍛冶師は言った。「その前に、もうひとりの話も聞いとこうか。あんた誰」
「レライエだ」
 と黒衣の女悪魔は答えた。
「鍛冶師月山。貴公はあの“妖刀村正”を打ったソードスミスだと聞いた」
「懐かしいねぇ」と月山。「確かにあたしが打ったよ。何百年か前に。弟子名義にしてあるんだけどさ」
「剣が欲しい。直刃の大剣だ」
「そこらで売ってるよ」
「ただの剣ではだめだ。地上で最も邪悪な剣が欲しい。邪悪なものが喜んで取り憑きそうな剣が」
「おもしろい話が2つもいっぺんに来ちゃったねぇー。どっしようかねぇー」

 鍛冶師月山は、帯にくくった鈴つきの小さな「金棒ストラップ」をちりちり鳴らした。

「モンダイが2つあるんだけどね。ひとつは、最近刃物を打ってないのよ。鬼は金棒ばっかりで、カタナはめっきり使わなくなったから。最後に打ったのは鬼ババ用の出刃包丁だったよ。もうひとつは」

 月山はうーんと唸った。

「あたしは鬼相手にしか商売しないと決めてるわけ」

 とたんに女騎士シュトルフェが剣を抜きはなち、レライエが鎌を持ち上げた。断るなら脅してでも仕事をさせる、と2人が同時に思った証拠だった。
 だが月山はひるみもせず、「まあ待ってよ」と手のひらをひらひらさせた。

「まあ、そう決めてるんだけどさー、場合によっちゃ、やらないでもないわけ」
「その場合とは何なの?」と、シュトルフェが訊いた。
「鬼にしか武器は打たないって決めてはいるんだけどさー、でもー、何か素敵な贈り物でもあったらー、情がほどけて、決めごとなんかもヨソへいっちゃうってなもんでしょ」
「贈与品をあからさまに要求するの?」
 シュトルフェが憤然とした。彼女の価値観では、それは脅しよりも悪いことらしかった。
「おそらく、具体的に要求したいものがあるのだろう」とレライエが言った。「鍛冶師月山、まわりくどい話は我ら悪魔の専売だが、それも場合によりけりだ。求めるところを言うがいい」
「2つある」

 鍛冶師月山は、斜め上の宙を見据えて言った。

「この世のどこかに、崑崙山という場所があり、季節を問わず、仙人たちの桃が成るというハナシ。ひと目見てみたい、食べられるものなら食べてみたいなぁ」
「もうひとつは?」シュトルフェが促した。
「鬼巫女たちの便りによれば、もうすぐこの世のどこかに、“ホーリーチャイルド”なる特別な子供が生まれるとやらのハナシ。ひと目見てみたい、できれば抱き上げてみたいかなぁ」
「それも食するのか?」とレライエ。
「美味そうならね」平然と月山は答えた。「どちらか1つを持ってきてくれたら、久しぶりに、凄い刃物を打ってあげてもいいよ」
「崑崙山とやらいう場所には、聞き覚えがある。私はそこに行くとしよう」とレライエは言った。
「私はどちらにも心当たりがない」
 シュトルフェはいささか悄然としていた。
「でも、そちらの剣士どののあとをつけていって、成果を強奪するようなことは誇りが許さない。幸いわが国には優秀な魔術師が大勢いるわ。彼女らに“ホーリーチャイルド”の生まれ場所を占わせることにしよう」



 レライエが先に鍛冶場を去り、そのあとで注意深く、騎士シュトルフェが外に出た。
 夕方になっていた。
 山脈のはざまを、狼の遠吠えが、深く遠く、こだましていく。

「日本列島に狼は絶滅したと聞いているけれど」シュトルフェがつぶやいた。
「狼は不死身だってば」月山が答えた。「あれは飯塚秋緒が率いる、人狼たちの群れだよ」

 狼たちの姿は見えない。遠吠えだけが、響く。

 狼が、
 吼える。
 吼える。

 ひときわ立派な、胸を揺さぶるような遠吠えが、人狼の女王、飯塚秋緒の声だろうか。

 何かを警告するように、
 空から来る何かを威嚇するように、

 空に向かって、狼が、
 吼えた。


  月山

月山

 鬼の鍛冶師。容姿は幼いが、少なくとも中世以前にはすでに鍛冶として名声を得ていたことが確認されている。日本神話にみえる何柱かの製鉄神ともかかわりがあるのではないかといわれているが、本人は素性を語ることがない。

 持ち主を破滅させる妖刀村正を打った刀鍛冶として有名。だが、刀剣を使うことが鬼たちの間でだんだん流行らなくなったため、ここ数百年、刀をほとんど打っていない。近年の彼女の作品は金棒ばかりである。

 かなり古い鬼であるにもかかわらず、昔からの伝統的生活にあまりこだわらない。軽薄な現代の風潮にかなり毒されている。テレビが好き。特に好きなのは通販番組。