野良猫”久遠寺みやこ” -はじまりの狂想曲-
季節の変わり目の風が、気まぐれな力強さで街路樹を揺らし、少女の傍らを駆け抜けていく。
フードつきのケープを羽織った彼女は、そこに溶けた新緑の息吹―――よりも、むしろ甘くて香ばしい屋台の甘味の匂いに鼻をひくつかせて、だらしなく口元を緩める。
「うにゃ‥‥‥タイ焼きの香り‥‥‥いいにゃあ♪」
ふらふらとその源に向かいかけたところで、今し方のそれよりはるかに勢いある風が、かぶっていた彼女のフードをめくりあげようとした。
「わっ、わわわっ!?」
慌てて両手で押さえ込むと、おっかなびっくりで周囲を確認。目撃者がいないことに安堵しつつ、小走りで路地裏へと駆け込んでゆく。
「あ‥‥‥危なかったにゃ。危うく、スポーツ新聞の特ダネにされるとこだったにゃ」
薄暗がりの中でフードを外して、額の汗を手の甲でぬぐう少女の、その頭には。
まごうことなきネコの耳が生えていて、ぴくぴくと落ち着きなく動いていた。
◆
久遠寺みやこ―――【ダークロア】に所属する獣人の少女である。
ひょんなことから無くしてしまった記憶の断片だけを頼りに、かつての自分の「ご主人さま」のもとに帰るべく、今日もあてどのない放浪の旅を続ける身の上だ。
そう言ってしまえば聞こえはいいが、現実は色々と世知辛い。異星勢力との戦闘で負傷した結果、人間社会に緊急避難したまではよかったものの、勝手の違いに翻弄されて、なかなか旅は進まない。
主な原因のひとつは【お金】というやつだ。
とかく人間社会は便利だが、これがなくてはなにひとつ立ちいかない。
「タイ焼きひとつ食べるのだって、ままならないんだもんにゃあ‥‥‥」
食べてゆくだけならどうにかできる獣人のたくましさがあるとはいえ、目の前に素敵な物を並べられた挙げ句におあずけをくらっては、どうにもこうにもたまったものではない。
(まあ、食べ物に関してだけだったら……やりようは、いくつかあるんだけどさ……)
野良として身につけた知恵なのだが、どれも良心の呵責をともなうので、陽性な性格のみやこには抵抗がある。そもそも異分子は自分のほうなのだ。ルールを無視した不正手段で利を得るのは卑怯な気がしたし、なにより、もやっとした気分が後を引いてしまう。
つまり根っからの部分で、彼女はとっても【よい子】なのである。
まあ―――それも時と場合によるものであるのだが。
◆
落ち着きを取り戻して、再び雑踏の中に紛れようとしたみやこは、ふと立ち止まる。
人間たちのそれより、もっと嗅ぎ慣れた匂いが鼻を掠めたのだ。
(同族(なかま)が近くにいる!?)
思わずこぼれかけた笑みは、だが半ばで硬直し、眉間の縦皺へと変わる。
ほのかに入り交じった鉄錆を思わせるそれは、明らかに血の臭いだった。
「‥‥‥ッ!」
躊躇せず、その源に急ぐ。雑居ビルを隔てた細道の奥に、手負いの小さな影がふたつ、かばい合うようにしてうずくまっていた。か細いすすり泣きの声も、切れ切れに聞こえてくる。
「キミたち、大丈夫?」
心配するみやこの声に対して、向けられたのは幼くも勇敢な敵意の視線だった。
「おまえ……だれだ!?」
小さな犬歯を剥き出しに威嚇してきたのは、やはり獣人の少年だった。年格好は人間でいうところの小学生低学年くらいだろうか。あちこち泥まみれで、顔には擦り傷がいくつもあった。
そして右の太腿には、応急手当なのだろう、べったり血に染まったハンカチが結ばれている。
(血の匂いの源はこれだったみたいだね)
最悪の予想が外れてくれたことに、みやこはちょっぴり安堵する。
が、放っておける状況ではない。
「こわがらないで? ほら、あたしもおんなじっ♪」
フードをとって耳を露わにし、スカートの下に隠していた尻尾をふりふりしてみせる。
「あ‥‥‥」
少年の後ろに隠れるようにしていたもうひとつの影が、ほっとしたようなため息をもらす。
泣き腫らした赤い目と性別こそ違えど、それは少年とうりふたつの少女だった。
「キミたちって、もしかして双子さん?」
笑顔でそう話しかけると、ためらいがちに、二人はこくんとうなずいた。
◆
双子の姉弟は、姉がサランで弟がリンドだと名乗った。
かつてのみやこがそうであったように、戦禍を避けて人間の町まで逃げてはきたものの、親たちとはぐれてしまい、どうしたらいいのか途方に暮れていたのだという。
「そっかぁ‥‥‥でも、もうだいじょうぶだよ」
にんまり笑って、みやこは二人の頭をぽんぽんと叩いて請け負う。
「あたしが、なんとかしてあげちゃうから」
根拠はなくとも、小さなこの子たちを放っておくなんてことは絶対できない。寒くって、お腹が空いて、心細い思いを味わったことのある自分だからこそ、この子たちに同じ思いをさせたくはなかった。今の自分にできることは、何だってしてあげたかった。
「はい、これ着て? あったかいから」
脱いだケープを姉に羽織らせ、フードの紐をきっちりと結んでやる。まだ警戒気味な弟にもジャケットを着せてやると、二人の身体から少しだけ強張りがとれた気がした。
が、それで終わりではなかった。
「よいしょ……っと」
ぽいぽいっとブーツを脱ぎ捨て、あまつさえスカートまでずり下ろす。しなやかな曲線を描く裸身を躊躇せず晒してゆく。慌てて目を背ける弟くんにもお構いなしであった。
「悪いけど、大事にあずかっててね? 一張羅だから」
脱ぎ散らかした服を、慌てて拾うサランにウィンクすると。
一糸纏わぬ姿となったみやこは、アスファルトに手をつくと、まるで猫がそうするように大きく伸びをしながら―――メタモルフォーゼを開始した。
◆
「うおっ、野良のミャーコじゃない!? うっわ、久しぶりすぎぃ~っ♪」
町外れにある古びた一軒屋の、あんまり手入れのされていない中庭。
そこに現れた黒づくめの珍客に、藤子(ふじこ)はたちまち相好を崩した。
「うみゃぁ~♪」
「元気だったか? またカラスたちにいじめられたりしてなかったか?」
よく利用する弁当屋の裏で、廃棄されたシャケ弁の争奪戦を繰り広げる黒猫とカラスたちを見たのは、二ヶ月ほど前のことだっただろうか。多勢に無勢で翻弄されつつも、必死にがんばるチビの姿がいじらしくて、思わず保護して連れ帰ってしまった時の記憶が甦ってくる。
「出されたエサはきっちり平らげるくせして、お前、ミャーコって呼ばないと返事しないんだもんね」
そんな意固地さがいかにも猫らしくて、しばらく居候させてやったのだ。
弱小地方新聞の新米記者などという、酔狂で大変な仕事をしている彼女にとって、ミャーコの存在はささやかな癒やしとなった。
ふいに姿をくらましてしまった時には、ちょっぴり泣けるほどに。
だからこそ、突然の来訪がうれしくてたまらない。
ミルクでもふるまってやろうとした藤子の、そのジーンズの裾が懸命に引っ張られた。みゃあみゃあと必死さだけは伝わる仕草で緊急事態を把握した彼女は、やがて黒いチビ猫に導かれ、暮れなずむ町に向かって小走りに駆け出してゆくのだった。
◆
―――ね、なんとかなったでしょ?
人間にはただの鳴き声にしか聞こえぬ波長の声で、子猫の姿のみやこは双子たちに語りかけた。
あったかいホットミルクのマグカップをそれぞれ手に抱えたまま、子供たちは不安そうな面持ちで、それでもこっくりとうなずいた。泥だらけだった手足は温めたタオルで綺麗に拭われていて、擦り傷や切り傷には、不器用ながらもバンソーコや包帯による手当てがされている。
全部、この家の主人である藤子の手によるものであった。
(やっぱり、フジコさんを頼って正解だったのにゃ♪)
ここの家主の優しさは、身に染みてわかっていた。居心地のよさについ甘えて、長居してしまったくらいなのだから。正体を隠しているのが心苦しくて、打ち明けたくなってしまったほどに。
(結局、また甘えちゃったけど……)
疲れ果てた子供たちを見るなり、彼女は速効で保護してくれた。耳や尻尾を見つけた時には、一瞬だけ戸惑ったけれど、それでもこうして連れ帰って、優しくいたわってくれている。
心苦しさはあったが、子供たちのためにはこれでよかったのだと、みやこは後悔していない。
自分にできないことをしてくれた藤子に深く感謝し、小さな頭をぺこりと下げた。
「いいのよ、ミャーコ。よくぞ報せてくれたわね」
優しくその喉を撫でて笑っていた藤子は、やがて、思い切ったように視線を双子へと向けた。
「ねえ、キミたちはいったい何者なの?」
意図的に守られていた静謐な空気に、強張った緊張感が走る。
警戒と威嚇の眼差しを向ける弟をそっと制して、姉は異種族の恩人へと告げる。
「助けてくださってありがとうございます。すぐに、出ていきますから……」
うにゃあ、と驚愕したミャーコの声にかぶせるようにして、慌てて藤子がとりつくろう。
「そういう意味じゃないの! ただ、私はこれでも新聞記者だから……」
知りたかったのだ―――ずっと感じ続けている、この世界へと生じた違和感の正体を。
闇夜に跋扈する不穏な影や、空を飛ぶ不思議な光。
原因不明のまま、ただの事故災害として報じられるだけの、大小の破壊の爪痕。
オカルト雑誌のネタだと笑い飛ばすには、物証が生々しすぎて笑えない。
みんな不安に思っているのに、けれど不思議と騒ぎ立てることもしない。
まるで―――見えない意思と力で隠蔽され、封じ込められてしまっているかのように。
が、図らずもこうして、彼女はその一端らしき超常の存在に接触してしまった。
だから、問わずにはいられなかったのだ。
相手が不安に苛まれ続けている、幼い子供たちであることを失念してしまうほどに。
「話したら、オレたちのこと、あいつらに報せるつもりだろッ!?」
噛みつくような勢いで、獣人の少年が吠えた。
野性を証明するようなその剣幕に、藤子は思わず身を引くと同時に、自分の軽率さに気づく。
謝罪の言葉を探す数瞬のうちに、弟をいさめた少女が、悲しげに告げる。
「話したら、きっと貴方に迷惑がかかります。今こうしてここにいるだけでも、本当は‥‥‥」
言い終えるよりも早く、耳をつんざく爆発音が、それが真実であることを証明した。
◆
「み゛ゃみゃーっ!?」
「きゃあああぁぁーっ!?」
三人と一匹のあげた悲鳴を耳にして、襲撃者たちは一様にほくそ笑んだ。
自重して獲物が出てくるのを待つよりも、こうしていぶりだしてやるほうが手っ取り早い。
これこそがまさに【帝国】の戦のやり方というものだ。
「今宵は新月……ケダモノたちの力が弱まる、絶好のハンティングタイムだわねぇ」
さりとて油断は禁物だ。獣人たちはあきれる程にしぶとい。ちょっとやそっとのダメージを与えたくらいでは、前と同じように逃げられてしまいかねない。
「徹底的にブチのめしてあげなくちゃねぇ……うふふっ♪」
魔力の火球を次々と放り投げながら、部隊の長は兵士たちを威勢よくあおり立てる。
「さあ、みんな! いっちょ景気よく、ひと狩りいくわよぉ!」
◆
(【極星帝国】の【獣人捕獲部隊】!?)
人間とも自分たちとも異なる、異世界の香りを嗅ぎつけて、みやこは全てを理解する。
この双子たちが、どうして傷つき、あんなにも怯えてしまっていたのかを。
(追われていたんだ……)
富士の樹海において、獣人たちは果敢に異勢力と戦い、手痛い爪痕を残すことに成功した。
が、それは同時に改めて、獣人という種族の価値を敵に再認識させる結果にもなってしまったのである。
【獣人捕獲部隊】―――その使命は獣人たちを狩り集めること。生死の別は問わないが、なるべく活きのいい状態のほうが【素材】としての価値があがると、兵達を統率する【ネクロマイスター】は考えている。
そうして集められた獣人たちは、アンデッドに作り替えられて【帝国】の殺戮兵器となるのだ。
その有能性は【デス・ストライク】と呼ばれる人狼少女のケースで、すでに証明されていた。
だが、狩られる者たちにとっては、そんな事情など理解の範疇外である。
「あ~っ、叔父さんから留守を預けられた我が家がぁ‥‥‥」
爆発と猛火の中に呑まれてゆく。かろうじて引っ掴んで飛びだした通勤用のバッグを抱えたまま、藤子は途方にくれてしゃがみこんでしまっていた。
「逃げなきゃダメだよ、ねえちゃん!?」
「で、でもぉ……っ」
必死に姉の手を引っ張る弟と、巻き込んでしまった恩人を見捨てられず、躊躇する姉。
そんな両者へと交互に目をやりながら、あたふたと戸惑い続ける黒猫ミャーコ。
「‥‥‥みぃつけたぁ♪」
熱風にゆらめく夜闇の向こう側から、鎧を纏った部隊の長が姿を現す。
右手の火球を松明のように掲げつつ、ゆっくりと獲物たちめがけて近づいてくる。
反対の手に握りしめた無骨な鈍器には、かつて仕留めた獲物たちの置き土産なのか、錆のように赤茶けた汚れが不気味に染みついていた。
「思いっきり痛めつけてから連れてってあげるわねぇ‥‥‥見てくれが多少悪くなったってさぁ、素材としてはこれっぽっちも問題ないしぃ……」
むきつけの憎悪におびえきって、身をすくませる双子の獣人姉弟。
そんな二人の前へと、慌てて、立ちはだかった者がいた。
「こっ、この子たちに手出しはさせないわよっ!?」
震える脚を必死に踏ん張って、藤子は子供たちをその背にかばう。
「原住民か‥‥‥戦う力もないくせして、エラそうに……」
手出し無用が原則だが、この状況下では不可抗力で通るだろう。遺体は焼いてしまえばいい。
躊躇は一瞬のみ。標的を藤子の頭部へと変更して、鈍器が勢いよく振り下ろされる。
けれど―――その一瞬の躊躇だけで、みやこには充分だった。
◆
「ひぃぎゃああああああ~っ!? わ、私の顔があぁぁ~ッ!?!?」
真下から不意に伸びあがった銀光が、襲撃者の顔面を痛烈にえぐり抜いていた。
灼熱の痛みに視界を歪ませ、絶叫しながら。
隊長は見た。
チビ猫から人間の姿へと変貌した、黒髪の少女の激しい怒りの眼差しを。
圧倒的な力の差と恐怖。そして、身を焦がすような怒りと恥辱と共に。
「とっとと立ち去りなさい! でないと……あたし、本気でやっちゃうんだから!!」
愛らしい声とは裏腹にこめられた、明確すぎるほどの恫喝と敵意。
予期せぬ新手の獣人の出現に兵士たちは狼狽したものの、すぐに隊長をかばうようにしながら、反撃の陣形を整えていく。
いきりたつ面々の矛先を制したのは、だが意外にも、手負いとなったその本人だった。
「よせッ!‥‥‥場当たりの対処で狩れるほど、そいつはちょろい獲物じゃない!!」
慢心の報いを痛烈に受け、激昂から立ち直った彼女の目は、冷たい復讐の炎に燃えていた。
部隊を束ねる長としての自覚が、そうさせたのだ。
「覚えておけ……次は、相応の支度をしたうえで、必ず仕留めてやるからな……忌々しい黒猫め……ッ!」
苦々しげにそう吐き捨てると、部下たちに支えられながらも、最後までみやこへと向ける憎悪の視線を外すことなく退却してゆく。
追いかけて仕留める意思は、みやこにはなかった。
◆
「みゃ……ミャーコ……だよ、ね?」
自分の危機を救ってくれた、見知らぬはずの全裸の少女。
藤子は直感的に、それがあの黒猫ミャーコなのだと悟っていた。
けれど少女は応えず、ただ悲しげな眼差しを向ける。
「ごめんなさい、フジコさん。あなたの優しさに甘えて、だまして、巻き込んでしまって……」
深々と頭を下げる。
それより他に償いようのない自分が悔しくて、みやこの瞳からぽろぽろと涙がこぼれた。
「ご恩は一生忘れません。いつか、いつかきっと、返せるようにがんばりますから……っ」
手の甲でそれをぬぐい、双子たちに目配せをすると。
「さようなら!」
信じがたい勢いで跳躍して、黒猫の少女は去ってゆく。
呆気にとられる恩人を、置き去りにしたまま。
◆
「これからどうするの、みやこお姉ちゃん?」
薄暗い山道の藪の中。預けていた服を再び身につけ終えたみやこに、サランが問いかける。
「にゃははは、どーしよっか?」
苦笑しながら、みやこは必死に知恵をめぐらせる。
【獣人捕獲部隊】に目をつけられてしまった以上、少しでも遠くに逃げるべきであった。
だが、今宵は新月。しかもまだ幼い二人を連れて、果たしてどこまで逃げ切れるのか。
(フジコさんみたいに、また優しいヒトを巻き込んじゃうのは絶対にイヤだし……)
自分たちだけでなんとかしたい。けれど、あまりに自分たちは無力すぎて。
途方に暮れて泣きたくなるのを、ぐっと尻尾に力をこめてガマンする。
その時だった。
「―――ッ!?」
ビームランプの眩しい光を向けられて、3人は思わず立ちすくむ。
夜目を利かせていたことが災いして、とっさに回避行動がとれない。
(しまった‥‥‥ッ!?)
確定するであろう不意討ちから、双子だけは守るべく、みやこはあえてその背中を晒した。
歯を食いしばり、衝撃に耐えようとしたその首筋を。
つうっと、マニキュアを塗った人差し指がくすぐった。
「ひゃみゃあぁ~んっ!?」
「おーっ、いい声♪ その様子だと、まだまだ元気は残ってるみたいね?」
アウトドア用の懐中電灯の明度を一段階落としてから、藤子はにんまりと笑って見せた。
「ふふっ、フジコさんっ? にゃんで……っ」
「心配だったからに決まってるでしょうが、このバカミャーコ!」
ごちん、と今度はゲンコツを食らわされた。痛くはないけど、何故だか涙がこぼれてしまう。
「お家も燃えちゃったしさ。今日から私もあんたたちと同じ、野良仲間ってことで」
「あ……」
詫びようとするみやこの口元を、人差し指でそっと封じて、藤子はイタズラっぽく笑った。
「周りに色々と説明するのもめんどくさいしさ。行方不明がてらしばらく、あんたたちの足代わりになってあげてもいいよ」
促した視線の先には、真っ赤でちっちゃなクラシックカー。
火事場からかろうじて持ち出してきた、現在の今の彼女の唯一の財産だった。
「手間賃はあなたたちのお話。プライバシーはきちんと守るし、オフレコにも応じちゃうからさ……」
ダメかしら、と首をかしげる藤子に。
ぎゅうっと抱きついて、みやこは答える。
「ありがとうございますっ!」
交渉成立―――だった。
<完>