「万城目! またおまえかっ!」
叫んだアシュタルテーは、目を妖しく光らせ、オッドアイこと、万城目千里の姿を探した。
握り締めた掌の、氷上の銃弾に貫かれた傷口からぼとぼとと真っ赤な血が地面に落ちて花を咲かせる。
「アシュ、来るぞ!」
そこに、ドゥルガーの警告が飛んだ。
どん!どん!
氷上を視界から外したアシュタルテーを、容赦なく再度の銃撃が襲う。
「こ、の……!!」
怒りに目を光らせながら、アシュタルテーは銃弾を避けて、宙に跳び、羽根を広げてそこに留まる。
だが、氷上はニヤリと笑って地面を蹴った。空中をありえない軌道で跳躍しながら、交差した両腕に構えた二丁拳銃から、十数発の弾丸が一気に発射される。
ざざざざぁっ!
アシュタルテーはその弾丸を避けようと羽ばたく。
しかし、弾丸はそれを追って軌道を変えた。
「念力かっ」
アシュタルテーはとっさに腕を交差し、体を丸めて致命傷を避ける姿勢を取る。
しかし、弾丸は羽根を切り裂き、肉体にめり込んで穴を穿った。
どさっ。
鈍い音を立ててアシュタルテーの身体がアスファルトに落下した。
アシュタルテーと氷上の間に割って入ったドゥルガーが、油断なく氷上を睨みながら声をかける。
「しっかりしろ、こんな傷おまえならすぐに……!?」
「ぐ、う……!?」
本来であれば、魔神の肉体の持つ再生能力が、この程度の傷は瞬時に止血しているはずだった。
それが、一向に傷がふさがる気配がなく、足元に血溜まりが広がっていく。
「念力か……」
先ほど、自分の別人格であるカーリーが倒されたときのことを思い返して、ドゥルガーは呟いた。
「ソイツもサイコキネシスコーティングの弾丸を喰らったのは初めてだったみたいだな」
氷上が、上着を脱ぎ捨てながら言った。
「氷上さんのサイコキネシスで与えた衝撃は、あなたがたの再生能力にもダメージを与えるんですよ」
そういいながら物陰から現れたのは、万城目千里。長い髪に物静かな雰囲気と、青と金に輝く左右色の違う瞳が印象的な少女である。
「サンキュー、千里。助かったよ」
氷上は、氷上の上着を拾って丁寧に畳む千里にウィンクを飛ばした。
「二対一では不公平ですから」
「おまえは……邪視持ちか」
千里の左右違いのオッドアイを見て、ドゥルガーは尋ねた。
邪視、魔眼、イビルアイ。さまざまな名称で呼ばれる、魅了や麻痺の魔力を持った視線のことである。
「そう、呼ばれることもあります」
千里は眼を伏せて応えた。
「我らダークロアの血に連なるものか」
「そういうことになりますね。……ですが、能力者のなかであなたがたの遺伝子を持っていないほうが珍しいと思いますよ」
千里はそういいながらその二色に輝くふたつの瞳をドゥルガーに向けた。
「残念ながらあなたには効果はないようですね」
「そうでもない」
ドゥルガーは応えながらアシュタルテーの様子を見た。
血が溢れ、すでに意識はない。そして肉体は先端部分からぼやけて空中に拡散し始めている。
「これは復活までは相当時間がかかるな」
ドゥルガーは頭を振って氷上と千里に向き直った。
「時間がかかってもそこから復活できることがアンタらが化け物の証拠だよ」
氷上はいいながらて二丁拳銃の狙いをぴたりとドゥルガーに合わせた。
「今度はこっちが二対一。アンタも復活まで当分大人しくしててもらわないと」
「いや……」
拳銃を構えた氷上の目前で、ドゥルガーの髪の色がすっと消え、ポニーテールがぶつんと解け、美しい黒髪が広がった。
次の瞬間、そこに立っていたのはもはやドゥルガーではなかった。
「我が名はディーヴィ。魔神ドゥルガーにして、女神パールヴァティ。……これでまた二対ニだね。ううん、それ以上かも?」
パールヴァティは、あどけない表情で笑った。
「……多重人格が統合されたんですね」
一瞬の間のあと、千里はいった。
「どういうことだ?」
氷上は油断なく銃を構えながら尋ねた。
「彼女はもともと同一人物が人格を変える事で、局面ごとにそこに合った能力を発揮することができる能力者なんです。ですが、それは逆に自分の能力を制限することでもある。本来は強大すぎる超能力を扱っても、人格崩壊を起こさないようにするための安全機能だと考えられています。E.G.O.にもそういった能力者は何人かいます」
「ああ、いぶきがそうだったな」
「ですが、そのすべての人格を統合する最終的な人格が発現すれば」
「能力を全部発揮できる」
「そうです。そして、彼女の能力は強大で、私の視線はあまり効きません」
「相打ちならまだやれそうだけどな」
「そうですね」
千里は固い表情でうなずいた。
パールヴァティは宙に素早く印を描き、異形の影を召喚した。
影はうねりながらドゥルガーに首に巻きつき、ときに牙のように、ときに爪のように翻る。
「ストールデモンか……厄介な」
横っ飛びに跳びながら氷上は叫び、引き金を絞る。
どん! どどん!
放った銃弾がドゥルガーに襲い掛かる。
ばふっ。ばふぅっ。
だが、その銃弾は、ドゥルガーの纏った生ける布地に巻き込まれ、呑み込まれてしまう。
さらに触手状に変じて氷上の手足、首に巻きつき、締め上げる。
「クソっ! コイツ面倒くさいんだよっ」
「じゃあ面倒くさくないように、一発で終わりにするね」
パールヴァティがあどけなく笑った。その手には、いつのまにか妖しい光を発する日本刀が握られている。
「村正……」
氷上は息を呑んだ。その妖刀の切れ味は、その禍々しい姿、逸話とともに充分に知れ渡っている。
パールヴァティは、ストールデモンに絡みつかれて身動きの取れない氷上に向かってゆっくりと村正を振り下ろした。
と、その刹那触手の戒めが緩んだ。すかさず氷上はアスファルトを転がり、物陰に飛び込もうとする。
ざあっ!
音を立ててざわめく触手がその後を追う。だが、再び触手は力を失い、くたくたと垂れていく。
「そんな力あったんだね、驚いちゃった」
パールヴァティは舌をぺろりと出した。
その視線が自分に向けられていないことに気付いた氷上の背中に、ふと手が触れた。
「氷上さん、あとはお願いしますね」
そういいながら、氷上を追い越す形でパールヴァティの前に進み出たのは、千里である。
「千里……!?」
その背中に、さっきまでとは比べ物にならない迫力を感じた氷上は息を呑んだ。
「チャンスは今だけです。相打ちで仕留めます」
「よせっ」
ずん。
氷上の制止は間に合わなかった。
異形の影に絡みつかれ、千里は日本刀に胸を貫かれていた。そのうえ、千里の肉体を貫いてなお、溢れる妖気が、氷上の頬に傷を刻む。
しかし、同時にパールヴァティも、驚愕の表情を浮かべたまま倒れていた。
とさっ。
千里の身体はくたくたと力なくアスファルトに倒れ込んだ。
「千里っ!」
慌てて千里を抱き起こした氷上は、まだ息があることに安堵の息をもらした。
「おい、救急車…いや、私が運ぶ!」
千里の身体を抱いたまま氷上は、サイコキネシスをこめた弾丸の数発で、手近なパトカーの屋根を吹き飛ばす。
綺麗にオープンカー状になったパトカーのパトライトをひっつかみ、飛び乗った。
「千里、必ず助けてやるからなっ!」
次回:天使たちの憂鬱